季節〜

メラメラと日差しの強い夏
その下で汗を流しながら、ただ一人の背中を見つめる
一学年上の先輩で、次期部長候補とされる幸村精市
汗を感じさせない程の穏やかさと笑顔で
その人はグランドを走っていた
自分と同じように、自分より遠くを

入学式の翌日
テニス部に試合を申し込み、ズタボロにされた
自分の力の無さを実感させられると同時に
この学校に入学したのは間違いじゃないと確信した
そして今は、その兵揃いのテニス部の部員として
真面目にとは言い難いが、熱心に練習をしている


「先輩は暑くないンっすか?」

「暑いよ。どうしてだい」

「暑そうに見えないっす」

「それは赤也の気のせいだよ」


自分の名前を呼ぶこの人が、いつしか気になり初めていた
それに気付いたのが夏の合宿前のこと

春の入学式
あの時から目に焼きついていた先輩の顔
それが今はこんなに近くにあること
それだけは満足だった


「先輩。オレと試合しましょうよ」

「駄目だよ。赤也はあと1周残ってるだろ」

「ぇっ‥」

「気付いてなかったのか?俺とは1周遅れだよ」

「げっ!」

「じゃあ、お先に」


そう言えば先輩はコートの方に走って行った
その先には仁王と言う詐欺師の先輩が待っていて
幸村にタオルを手渡している
その仁王の視線が自分を捕らえ、口元が歪んだのを
赤也はしっかりと目にした


(オレの視力は伊達じゃねぇっすよ)


□ □ □ ■


夏の恒例となっている合宿
それが明日から
他の部員たちは何処か浮き足だち
先輩たちは肩を竦める
幸村の近くに近寄り、合宿のことを聞いてみる


「俺は去年も参加したんだ。
 他の部員が思っている程、楽しいものじゃない」

「そうなんっすか?」

「赤也は、真田と俺の推薦で一緒に行くことになるから」

「ぇ‥マジっすか?」


合宿に参加出来ると言う喜びよりも、幸村と一緒
そっちに喜びを感じて幸村の手を取り浮かれる
それを遮ったのが、仁王だった


「幸、参謀が来てくれと」

「そうか。ありがとう、仁王」


にっこりと微笑む幸村に手を伸ばす仁王
その行為を何の不思議にも思わず、幸村は仁王の手を握る
2人が歩いてゆくのをただ見送るだけの赤也
チラリ、と肩越し振り返り仁王は笑う


「あの人、絶対にワザとだ!」


悔しさのあまり地面を蹴り上げる
砂埃が舞い上がり、真田の怒声がグランドに響いた


「仁王。からかい過ぎるのはどうかと思う」

「幸かて、赤也に構い過ぎるとね」

「そんなつもりは全くないんだけどな」

「幸は俺だけを見とぉて」

「‥独占欲が強いのは、誰だろうな」


夕暮れが遅くなる夏
既に6時を過ぎてると言うのに
未だに明るい空の下、2人の唇が重なる


□ □ ■ □


「おはよーっす」


既に合宿参加者の殆どが集まっていた
その中に幸村の姿を探すが、見つからない
そわそわとしていると、真田に叱られた


「幸村先輩、まだ来てないんっすか?」

「うむ。幸村にしては珍しく、時間ギリギリだ」

「‥って、仁王先輩も居ないじゃないっすか!」

「仁王君が遅れるのはいつものことです」


冷静に柳生がズレてもいないメガネを押し上げる
2人が同時に居ない
そのことに妙に不安になる


(どうしてだ?オレ、何でこんなに気になんだよ)


「すまない、遅れた」


もやもやと考えていると、幸村の声が聞こえた
パッ、と振り返るとそこには幸村と仁王
2人の姿があった


「どうしたんですか。幸村君が時間ギリギリとは。珍しい」

「すまない。仁王が起きなくてね」

「仁王君。幸村君にまで迷惑を掛けるのはよしたまえ」

「プリッ」


柳生は仁王に小言を言っている
幸村は既にバスへと乗り込んでいた
バスに乗り遅れた3人を真田が促すが
赤也の心は此処にあらず、と言った様子だった

バスに揺られて着いたのは
立海の合宿として普段から使わせて貰っている場所だった

コートが5面
宿舎もそれなりに豪勢で
温泉まであると言う

これが部員の浮かれる理由だった
これで厳しい練習さえ無かったら‥
そう考えると溜息が自然と部員の間から零れた

現地に着いて直ぐに練習
昼食や夕食は交番制
勿論、赤也にもそれはある訳で
うんざりとしていたところに幸村が現れた


「今日は俺と赤也とブン太のようだね」

「先輩、料理得意なんっすか?」

「そうでもないな。ブン太が得意だから、頼ることにするよ」


微笑みながらエプロンをつける幸村にトキメキを覚え
後から来た丸井に殴られるまで、赤也は幸村に見惚れていた

丸井の活躍により、夕食のメニューは完璧だ
幸村に包丁を持たせると危ない!と言うブン太が刻みを担当し
幸村は煮物、赤也は焼き物に挑戦した
多少の見劣りはあるが、中学生の合宿ならば充分だろう

各自、プレートに今日の夕食を乗せ
テーブルへと座ってゆく
その流れ作業が終りに差し掛かった時
仁王がにょ、っと現れた


「幸。メシはどないすると?」

「こっちに用意してあるから、運んで貰っていいか?」

「いいとよ。寄こしんしゃい」


2人分の食事を仁王は運ぶ
そして幸村はエプロンを外し、仁王の後を追う
その姿を後ろから見つめ、切なくなる自分に気付く


(オレ‥もしかして?!)


自分の気持ちに気付いた夏の日
自分たちの気持ちを確認した、夏の夜






2005.02.08