H e i m k e h r

病室が余りにも真っ白過ぎるから
外出許可が降りた時は決まってこの暗い部屋で過ごす

二人で…そう、二人だけで過ごしていたい

暗幕で仕切られた視聴覚室
暗い部屋を灯す仄かな明かりは雰囲気を作る
真っ白な肌になった幸村に似合う部屋
似合ってしまうようになった部屋
それでも、真っ白よりはずっといい

二人で過ごして居たいと思うのだけれど…


「この陰湿な部屋は何だ。
 久し振りの外出なのだ、明るい場所がいいだろう」


邪魔者その一
立海大テニス部副部長、真田弦一郎

真っ暗だった部屋に陽が差し入れられる
勢いよく真田が暗幕を開いたのだ
拍子に暗幕がビリッと音を鳴らしたが、本人は気付かない
部屋を侵食する光を眩しそうに手で顔を翳す幸村
その幸村の隣に彼の見舞い品である食べ物に手を伸ばす

邪魔者その二
テニス部所属自称天才、丸井ブン太

食べるの大好き、食欲旺盛な彼から逃れるのは簡単だ
しかし真田が相手となると…作戦が多少、必要か
仁王は無表情のまま打算を練りだしていた


「何を考えてる?」

「何も考えちょらんよ」

「そうか?その割には随分と楽しそうな顔をしている」


そう言うと幸村は仁王の頬に触れ、その頬を軽く引っ張る
触れる手はひんやりとし、部活後の仁王には心地良い体温だった
引っ張る手が離れてゆくのを見送り、口を開きかけたその時
邪魔者その一が意気揚々と出掛けると公言し、こちらに顔を向ける
その若者らしくない強面の顔に、幸村は笑みを浮かべるだけだった
丸井に至ってはよく伸びるであろう頬を膨らませ、真田の言葉に頷いている


「げにお前さんら、先に行っときんしゃい」


暗に二人きりにしろと、その切れ長の瞳が雄弁に語る
真田がその言葉で確かに皺を増やしたのを確認し
幸村の手を取り、彼らよりも先に部屋を出た


「先に行けと言って俺たちが先に出るのか?」


楽しそうに笑う幸村には口元で笑みを返した
皺を更に増やしただろう真田と
見舞い品に手を出し、真田に怒られるであろう丸井が居る部屋を背に
二人放課後の廊下を足早に歩いた




「何処、見てるんじゃ」

「ソラ」


屋上の風は身体に障る
そんなことお構いなしに幸村は屋上への道を進んだ
彼が我が侭なのは今に限ったことではない
諦め屋上に上がった二人を待っていたのはオレンジ色の夕日

風がネクタイを揺らす
制服姿の幸村を見るのは本当に久し振りだ
少し…細くなったような気がした
彼を抱き締めたことで、それが気の所為ではないと確信する
腕に閉じ込めた彼は華奢になって、身体が冷えていた
幸村の肩に自分のジャケットを掛け、フェンスに背を預ける


「病院からでも見えるじゃろ。変わり映えせんのじゃなか?」

「ソラは見える。けど…」

「けど?」

「声が…」


放課後の校庭、夕暮れの朱
帰り道、喋る帰宅する生徒のざわめき


「病院には無い音だな」


フェンスに寄り掛かったまま、両手を広げる
気ままに吹く風で、銀色の髪がなびく


「ひさに来んかったけ、此処」

「そう、だな」

「づつのうてしょうがなか。こっち、きんしゃい」

「…わからないよ」


独特の方言で発せられた言葉
解らない振りをして、広げられた腕に収まる


「わからんかったんじゃないんか?」

「わからなかった。だから俺の好きにしただけだ」


仁王の言葉は温かい…その身体と同じく
屋上に吹く風から身を守るその腕の中は安心出来た


「…仁王」

「お前さんは心配せんと、此処に居ればよか」

「そうも言ってられない。全国大会には、戻る」

「そん為にみな頑張っちょる」

「苦労を…」


言葉を遮るように、彼の唇を塞いだ


「そげな言葉、必要なか」

「そうか」


微笑む幸村を強く抱き締め、仁王はソラを仰いだ
これからあの真っ白な病室に戻り、彼は手術を受ける
夕暮れのソラに仰ぎ祈る
彼が心強く、手術の日を迎えられるようにと


「今日はひやいのぉ」


幸村を腕から解放し、頭を屈め唇を重ねる
唇が唇を追い、舌は歯列をなぞり咥内へと侵入する
甘い吐息が零れ、二人が唇を離した後には
光る滴が伝いアスファルトへ零れ落ちた


「そろそろ行かんと真田が切れるけ」

「そうだな。行こうか」


二人、しっかりと手を繋ぎ歩き出した





2004.04.08
2008.08.25