その姿はまるで 死んでいるかのようだった 怖くて目を逸らしたくなった その逸らした先に居たのが、参謀じゃなかったら きっと逸らしたままだったかも知れない 参謀の瞳は語っていた 目を逸らしたままでいいのか そう…確かに語っていた 自分の思い込みかも知れないが 侮れない人間だ だから、と言っては癪だったが 視線を元に戻した まるで死んでいるかのように 眠っている幸村 精市に |
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036:深い眠り | |
手術は無事成功した その報告だけで舞い上がるような気持ちだった 無事に成功すれば、全国大会には間に合う そう医師に告げられていたからだ けれど… 未だ怖いんだ 「…肌が白かとね」 「そうですね。 普段の幸村君もそうですが、今は余計にそう感じられます」 「そうっスか?」 「幸村の手術の旨も聞いた。部活に戻るぞ」 真田の一声に、赤也と丸井が不服の声をあげる それを視線で静かにさせる真田 そしてそこに追い討ちで柳が何かを2人の耳元で囁いた 2人のコンビネーションは流石と言えよう 今は閉められた病室の扉を見つめ 最後にその場から離れた仁王 その彼を待っていたのは、ダブルスのパートナーである 柳生 比呂士だった 「仁王君」 「どないしたと。さっさと行かんとうるさいぜよ」 「柳君から君に伝達です」 「…参謀から?」 「君は此処に残り、幸村君の看病を時間ギリギリまで。と」 「……そげんこと、看護婦がしてくれるとね」 「仁王君。私としても、今の君との練習は御免被りたい」 「…?」 「君の性格上、練習に戻れば無茶はするのは目に見えています。 柳君も同様の意見のようです」 「…敵わんとね。参謀と柳生には」 「では、私はこれで」 「すまんとね」 「後で真田君の鉄拳を覚悟しておいた方が無難ですよ。では」 廊下に足音を響かせないで歩く柳生に 軽い笑いが口元に浮かぶが、それを引き締め 幸村の病室に戻る スニーカーの音が、廊下にキュッ、キュッと鳴る 病室の前 確かに名前は幸村精市となっている そのドアを見つめる この先に居るのは、生きた幸村 当然のことだ 手術は無事に成功したのだ けれど… 「あの顔は…反則じゃ」 ドアを開ければ、差し込む光 白い部屋に横たわる幸村の顔が、窓を向いていた ドアの音が聞こえていなかったのだろうか こちらを振り返らない そもそも、目覚める時間では無い 手術からそんなに時刻は経過していないのだから 「……幸‥」 消え入りそうな声で呟いてみる 近づく足に比べ、声は小さくなるばかり 次第に唇だけが名をすべる 「世界がこんなに綺麗だと。俺は知らなかったよ」 「…そげなこと、俺か知らない」 「俺の世界はこんなに綺麗だったんだな」 「どんな世界が…今の幸には見えとるとね」 「白い…」 「白い?」 緩慢な動きで、幸村は仁王に視線を向けた 「白い髪のおじいさんが居たよ」 「…はぁ?」 「その人は、お前のような顔をしていたよ。雅治」 「幸…」 「おはよう。雅治」 「起きるのが遅いとよ、幸」 膝を折り、枕元に顔を近づけ 仁王は幸村の手を取った 手首に脈を感じ 胸には血の流れる音が そして頬には赤みが差し 顔はいつもの笑顔が浮かび 「…っん」 「幸…」 唇はいつものように自分に答え ようやく普段へ戻る一歩を進められたように思えた 「雅治…まだ、駄目だ」 「退院したら、泊まり決定じゃけんのぉ」 「その頃には合宿だ。まだまだ甘いよ」 「誰に言ってるとね。俺は詐欺師。幸を攫うのは苦でも無いとね」 「その努力をテニスにもっと向けてくれ」 「幸の為に、偶には向けるのもよかと」 「あぁ、そうしてくれ」 ゆっくりと幸村の瞼が閉じる 幸村の手を握ったまま、仁王も目を閉じる 2人一緒に 同じ夢を見れたらいいのに 眠りの淵に落ちる前 2人はそう思っていた 待っていたのは、看護婦の怒る声だと 今の2人は知らない 2人だけの 眠りについたのだ 今だけはゆっくりと…眠らせて |
2004.08.10 |