017:歩く

誰にも言えない
こんなことは口が裂けても言ってはいけない
口に出してしまったら
それが本当になってしまうから
だから言っては駄目だ
怖い だなんて
誰にも言えない


ふらつく足で着替えを済まし
何とか部屋を出る
朝食を取らずにそのまま自宅を出た
誰にも知られたく無い
だから 早く 早く 行かなければ
いつものように笑えるだろうか?
いつものように話せるだろうか?
いつものように‥


「精市、もう来てたのか?早いな」

「‥あぁ、少し考えごとがあってね」

「次の練習試合のオーダーか?だったら相談に乗るが」

「そうだな‥今回のオーダーは、蓮二と真田に頼もうか‥」

「‥?」

「頼めるか?」

「‥無論、構わないが。‥何かあったのか?」

「否、何も無いさ。考えごとはしてるが」

「相談に乗れそうに無いのならば、助言をしよう」

「何だ?」

「水場に行くといい」

「‥?」

「行けば解る」

「何の謎掛けか知らないが、行ってみるとするか」


立ち上がる為に力を入れる
ふらつく姿を微塵も見せてはいけない
いつものように微笑み
片手で挨拶をし 部室を出る


果たしていつものように振舞えただろうか?
相手は蓮二だ
気付かれたかも知れない
それでも‥


いつものように‥


「仁王か。其処に居るのは」

「幸?もう来てたのか。早いとねぇ、今日は」

「あぁ、少しな。蓮二にも同じことを言われた」

「最近は体調が良くなかったからねぇ。皆、心配しとるぜよ」

「そう‥だな。心配を掛けている。すまない」

「何を謝ると。そげん幸が心配することじゃなか」

「分ってるさ。ありがとう」


後ろに伸びる毛を引っ張り弄びながら
考える
今 この大切な時期に俺は歩き出せるのだろうか?
立海を勝利へと導くしるべとなれるのだろうか?


‥この身体で


「何を考えとるとね」

「何だと思う」

「身体のこと。これからのこと」

「‥‥」

「幸の笑顔の下にはマスターと同じ顔があるぜよ」

「お前もそれに匹敵するだろう?」

「俺と幸は違うとね。幸は‥何を思ってる?言ってみんしゃい」


頬を撫で
髪を梳く
その手は冷たくて
その顔は無表情で
何を考えているか判らなくて
それでも
飛び込んだ身体を抱きとめるその身体は温かく
大きかった


「仁王‥俺は入院する」

「体調の所為とね」

「そうだ。いずれ歩けなくなる。テニスも‥」

「幸は頑張り屋さんじゃ。きっと戻る。そう決意しとるとね」

「あぁ。必ず、戻る」

「その時には此処に1番に戻りんしゃい」


抱き締める力が強くなる


「あぁ、1番に。お前から始まった。だから帰りもお前だ」

「約束ぜよ。部室に戻るとしよか。マスターが煩いけん」

「そうだな。行こう」


手だけ繋いで
一緒に歩き出した
部室にいるいつものメンバーに
いつもの俺で
このことを告げる為に











2004.05.02