016:恐れずに

夕陽が今日の終りを告げている
1日はどうしてこんなにも短いのだろう
楽しい時間は尚更、時間の進みが早い
常々そう思う

久し振りの感触に、頬が緩むのが自分でも認識出来る
ラケットは昔と変わらずに此処に在る
そしてそれを握り締める自分は‥
少しは変わったのだろうか?

退院してから1週間が経つ
部活に顔は出していたものの
こうしてラケットを握るのは本当に久し振りで
ボールの弾む音と、自分の心臓の鼓動が重なるかのようだ
こんな気分になったのは、初めてテニスをした時と同じだ
そう、幸村は思った
その幸村の隣には、心配そうな顔を隠し切れない仁王の姿
彼もまた、ラケットを片手に持っている


「幸、楽しそうな顔しちょる。まだ打ってもないとよ」

「そうだな。けど、嬉しいんだ。
 こうしてまた、コートに立てることが」

「俺も嬉しいとね」


入院中の2人だけの時間も喜ばしいことだ
けれど、こうしてコートに向かい会い
テニスをする時間が何よりも好きだ

初めて出会ったのも、このコートの上
そして現在も2人でコートに居ることが出来る
それだけで、気持ちが一杯になる

コートに揺れる銀の髪
鋭い視線が、幸村を捉えると柔らかくなる瞬間
それが1番好きだ

いつの間にか
こんなにも自分の中心に、仁王が居る


「どうしてだろうな。こんなにも好き、なんだ」

「それは俺もそう。こんなにも幸が好きと」


聞こえる声
重なる手
重なる心

ネットを挟んで向かい合い
手を繋ぎ、頭を仁王の肩に預ける

色々なものを今も背負っている
部長としての自分
全国への思い
心配を掛けている仲間たち
その人たちの願いを聞いてくれた神様に感謝をする
自分からテニスを奪わなかった神様
今も残る辛い想い出は
この日の為だけに在った
そう思えば‥
病気になったことも、今ではよかったのかも知れない
そう思えるようになった


「俺は‥またテニスが出来る」

「そうじゃね」

「また‥皆と、仁王と‥戦える。‥きっと」

「幸は大丈夫。ボールから、ラケットからは逃げたら駄目とよ」

「‥仁王‥」

「幸のプレイは、テニスの神様に愛されてるとよ」


何も恐れることはない
仁王と繋ぐ手
仲間たちの信頼

俺は強くなる
今まで以上に‥
必ず、昔と同じだけの強さを手に入れる
絶対に‥

震える手を仁王が包み込んでくれていた
だから‥今は恐れずに、無理のないテニスをしたい
そう思った、冬の夕暮れ






2005.01.29