014:凶器 | |
その声は誰もを魅了する その姿は誰もを魅了する 光に透け銀色に輝く髪 肌の白さに映えるオレンジのユニフォーム ラケットを片手にコートで戦う様は 美しくもあり それで居て 触れれば切り裂かれてしまいそうな そんな印象を与える 実際にしゃべってみれば 彼は気の抜けた声で のらりくらりとこちらの質問をかわす そんな彼が唯一 気を捕られて止まないもの それは今は此処に居ない 彼のこと ◇ ◇ ◇ 幸村は窓の外へと視線を向ける 窓の外に広がる世界 それは大きな青空に包まれた大地 その大地を望みながらも 何故自分は此処に居るのだろうか? 果てしなく続く疑問に 幸村は答えを出せないで居た 腕に何度かあてた刃物 それで切り刻むことは出来なかった 腕は何よりも大切なものだから 腕が無ければ何も出来ない 大好きなテニスも然り 何よりもあの研ぎ澄まされた歩く凶器を止めるには この腕が必要だった 抱き締めること 彼にとって幸村は鞘なのだ 鞘に納まった剣は 静かなものだ 青空が静寂の時を迎えた頃 彼が現れた それはいつものように‥ 神経を尖らせ 周囲に悟られぬように進む足 彼がいつの間にか覚えた処世術 それを見破れるのは幸村だけ 幸村だけに与えられた特権 そう思える 「幸‥起きてるとね?」 「あぁ、今日は気分がいいんだ」 「そうか」 「どうした。今日は何をやらかしたんだ」 カーテンで仕切られたベッドから聞こえる声と カーテンの向うに映るシルエット どちらも切ない 「仁王‥顔を、見せて」 「今日は真田に殴られたとよ。じゃけん、顔は見せとぉない」 「だからだ。見せて」 カーテンの仕切りを取り払い そこに重なる影ふたつ 「幸‥早く戻って来るとね」 「あぁ。お前の為にも、部の為にもそうする」 重ねられた唇が冷たかった 彼は凶器だ 歩く凶器 けれど扱いさえ間違えなければ 彼は‥ 「っ‥ん‥」 「‥幸‥早く、早く‥」 呟く彼の声は 切なく 口付けられる熱さとは正反対だった |