本当は今でも雨が嫌いで怖い
10年も経って、未だにそんな感傷を抱いていること
ガキ臭いと馬鹿にされそうだから
絶対に言わないし、悟られたくない

ボスは薄々、気付いてんのかも知れない
あの人は超直感などに頼らなくとも
洞察力が人並み以上にずば抜けてる

だからと言って、弱味を突くような真似はしない
時と場合、人によるのかも知れないが
自分には一切、そんな真似はしてこない

寧ろ優しさすら見せてくれる
何も言わず、ただベスターを貸してくれたりする

ボスのそんなとこがスゲェ好きだけど
オレの心が求めて已まないのは
バカでうるさくて、傲慢なのに時折りヘタレで
どうしようもない剣術馬鹿のアイツだったりするから困る

今日だって、本人は忘れてることは確実で
オレだけがそわそわしてる、アイツの誕生日

昨日でオレもアイツも任務が終わるよう
仕向けてくれたボスに、こっそり感謝
なのにそんな配慮を無駄にしようとしてる

だって、当のスクアーロが居ないんだから

匣から出たがってたミンクを開匣すれば
オレの気分を察したのか、慰めるみたいに
キィキィと鳴きながら首に纏わりつく
触り心地の良い毛並みに頬を寄せて
鼻のてっぺんに口付ける


「お前はいい子だよな。最高の相棒」


それ比べてあの馬鹿!
王子の恋人失格もいいとこだし
ミンクの毛並みにささくれ立つ神経が癒されたから
任務で疲れた身体が、自然と睡眠を要求してきた
どうせあと数時間で今日は終わってしまう
戻って来る気配もないし…

普段よりは散らかってない自室のベッド
身体を預けてしまえば、そのまま夢の中だった



振り返る過去は血塗れだけど、凄く近いモノ
今も色褪せないモノ、ひとが『永遠』と呼ぶモノ
それは記憶だったり、誓いだったりする

逆に明日は凄く遠い
こんな風に意識と無意識の狭間で思考する数時間後
既にオレは死んでるかも知れないからだ

アイツにとって、ボスへの誓いは今も直ぐ近くにあるモノ
髪の長さが歳月を物語るのに
アイツの記憶のナカでは昨日のことのようで
ボスと出逢ってから過ごした日々は
オレには触れられない、遠くて近い過去

手を伸ばしても遠ざかるだけの
ボスとスクアーロの背中
幼いオレには届かない、絶望のセカイ
ガキのオレが…泣いてる




涙が、頬を濡らしていた
眠っていても気配に敏いベルフェゴールが
こんな至近距離にも関わらず、眠りの淵にいる

予定よりも遅くなってしまった
剣帝を名乗るにあたって決めた100番勝負
本当の意味で100番目となる男を倒し
真っ先に報告する筈が、思ったよりも手こずり
時刻は既に零時近くになろうとしている

この歳になって誕生日もクソもないが
ベルが他人の誕生日だけは殊更
大事にしていることに気付いてから
誰の誕生日であろうと、例えレヴィだとしてもだ
祝いの言葉をくれてやることにした
それに満足したようにベルが笑うから

思えば、あの時からだ
リング争奪戦はベルに思いの外、傷を残した

一時的に下がった視力
不眠に悩まされ、雨の日は目に見えて脅えていた
それは自分の所為なのだと、痛いほど理解している


「ごめんなぁ」


二重の意味を込めて、謝罪を
それで何が戻る訳でも救われる訳でも無い
だが、謝らずにはいられなかった


「…んっ…」

「起きたかぁ?」

「…スク、アーロ…だ」

「おぉ。今帰ったぜ」

「Buon compleanno」


はにかんだベルフェゴールを抱きすくめる
寝起きの悪い王子様は、きっと覚えていまい

相互理解することが出来なくとも
抱えた闇、根底にあるモノを越えられずとも
この愛おしさは擬い物でも虚偽でも無い

生まれ落ちた日を宝物のように祝ってくれる人へ

昨日も明日もやることは出来ないが
『今』と言う刹那を、キミに贈りたい
愛してるの言葉を添えて


「ベル、愛してる」


初めてのコトバ
別の意味で涙がひとつ、零れた
互いを繋ぐ漆黒の鎖が今だけは輝いて見えた






2008.03.16