攻撃的な雨は鎮魂歌にすらなれない凶器


雨は子守唄だと認識していた、あの日までは

降り注ぐ雨は光に反射して銀色を彷彿させるから好きだ
シトシトと街を濡らす雨は優しく、地面を潤す癒しの水
その筈の雨が、今日はやけに攻撃的で有りながら寂しさを誘う
ベッドを温めるのは己の低体温だけで、寝返りを繰り返しても
シーツが『普段』の温かみを得ることはなかった

指に小さく走る痛み
皮だけが切れた薬指は、当然ながら血は滲んでいない
肉が切れていないのだから当たり前だ
思考の廻らない頭は当たり前のことすら曖昧にしてしまう

何故、ベッドに独り寝ているのか
その理由すら忘却の彼方に押し付けている

腹筋を使い起き上がり出向いた先は、このホテルで一際広い客室
キャビネットから拝借したワイン片手に訪れれば
扉越しに放たれる異様なオーラに足踏みする
それも一瞬で、直ぐに猫を思わせる動作で部屋に入り込む

ソファに腰掛ける相手の足元、床に直接座り込んで
組まれた膝の上に上半身を預けるように凭れる
その行動を諌めることもせず紅玉の瞳は金の猫を見詰めるに留まり
差し出したワインを受け取るも口にはせず直ぐに放置されてしまった
それに文句を告げるような視線に素知らぬ顔で金の髪へ指を絡めた
その指に誘発されたようにベルフェゴールは呟き出した


「台風が来るみたいだ。
 聞こえんのは雨が窓を打ち付ける攻撃的な音だけ。

 …世界に、オレしか居ないみたいだよ」

「……ベル」

「もっと。もっと呼んでよ、ボス。ボスが呼んでくれれば…。
 この雨音で煩い中で、耳はボスの声を拾うことに集中出来るからさ。
 もっと…」


繰り返し紡がれる己の名前に別の音色を重ねる
本人が小さく呟いたつもりでも、地声が大きくて聞き逃すことはない
それを便利だと思いはしても、不便だと思ったことはない
だと言うのに…あの時、此方を向いたアイツの声は聞き逃した
初めて、アイツの…スクアーロの声を聞き逃してしまった

最期の、ひとこえを。

台風は勢いを増して、それに伴い雨は激しくなる一方だ
国を捨てた自分が得た新しい王国の、王と認めたヒト
その膝元で猫の如く寄り添う姿をアイツが見たら、どんな顔をするんだろう
想像したくても、頭に浮かぶ銀髪は血と水に濡れた横顔
何かを告げようと口を動かす様子は見て取れたのに

強く結んだ拳を解くよう促す骨ばった手に縋って、縋って
抱き上げられた身体を受け止めてくれた深紅から施される口付け
享受するのは悲しみ故か、曖昧な思考は黒と銀をスライドさせる
それに気付かぬ程、このヒトが持つありえる筈の無い
超直感は劣っている代物ではない筈だ

浮かぶ身体、運ばれる先を予測出来ない子供じゃない
シーツの波と高い体温に包まれて、最期のひとこえに耳を傾ける

聞こえる野生の呻き声には蓋をして
零れる嬌声を唇で押し殺して
全ての音を聞こえないフリをして
交わる熱とは別の感情に思考を絡め取られながら

王様に抱かれた。






2008.05.16