目が、見えない 遺伝子欠陥を持つ瞳孔は血管が透け淡い紅色 虹彩は薄い青を帯び、到底ヒトとは思えない アルビノ故か視力が元々弱く、紫外線にも弱い 幾ら前髪で厚く覆い隠しても遮ることが出来ない光は 金糸に反射して、眩しくて眩しくて仕方が無い その光よりも更に眩しいヒカリを見付けた 太陽の光よりも眩しい煌きはまさに月光 銀色に自分の金糸が絡み、何とも言えない色彩になる その時間が何よりも好きだと、素直に言うことは出来なかった リング争奪戦で失ったものが多過ぎる 時が癒すものも在るだろうが、癒されないものもまた有った 嵐のリング戦に勝利はしたものの、ベルフェゴールの両目は あの爆風で甚大なダメージを受け損傷した 元々弱かった視力が更に低下し、失明寸前 今のところ誰にも気付かれていない筈だが スクアーロとザンザスを誤魔化し通すには無理があった 「ベル。…ちょっと来い」 怒気を孕んだ声のまま腕を引かれ部屋へ連行される スクアーロの全身から怒りのオーラが見えるかの様だ それ程まで、彼の怒りは隠し切れない物なのだろう その怒りの理由が己の所為だと知りながら ベルフェゴールは髪の下で苦笑する 部屋に入り、扉にしっかりと鍵まで掛けるが奥には進まず スクアーロにしては珍しい声量で問い掛けて来た 「判ってて受けたのかぁ?」 「何がだよ」 「次の任務だ」 「ルッス?」 「レヴィだ」 「あの変態、死ねよ」 「76%だそうじゃねぇか」 「らしいね。ま、王子には無理な数値じゃないね」 ヴァリアーではミッションの成功率が90% これを目安として任務の割り当てが行われる 任務を遂行する人物によってこの数値は変動するが 幹部クラスに為れば特殊なクオリティを各自持つ為 大概のミッション成功率はこれを超える 「パーセンテージの問題じゃねぇぞぉ」 「誕生日に任務受けんなって?」 「…………」 「沈黙は肯定と受け取るよ」 「てめーはその日に限って難易度の高い任務をボスに頼んでるらしいな。 そんなに死にてぇのか」 「べつに」 「ベル!」 「うるせぇよ。何、オマエと付き合ってるのにオレが任務を受けたの そんなに気に喰わない訳?」 「ベルフェゴール」 「なんだよ、スペルビ」 睨み合ったままの均衡を打ち破り先に動いたのはスクアーロだった ベルフェゴールの胸倉を掴むとまさに噛み付く様な口付けを施す スクアーロの認知してる通りであれば、今のベルフェゴールには 胸倉を掴むスクアーロの腕は微かにしか見えていない筈 現にベルフェゴールは素早く動いたスクアーロの腕を捉えられず 為すがまま恋人の口付けを享受していたが、隠された瞳は ただ、冷たくスクアーロを見詰めるに留まった 「スペルビ・スクアーロ」 「…ベル」 「…。オマエにオレを止める権利ないね」 「ベル!」 「うるせぇし。 そんなに気に喰わないなら別れようぜ。 ハイ、今からオレとオマエは他人。これでいいしょ?」 「ベルフェゴール!」 スクアーロの怒声に肩を竦ませたベルフェゴールの顔が俄かに翳る キスの名残りで身体が近い状態のままの所為か 視力の弱い目に微かではあるがスクアーロの銀髪が見えた 「うるっさい…オマエに何がわかんだよ。 何も知らないくせに…口、出すなよ」 「てめぇが言わないからだろぉが。 顔色を見て察しろとでも言うのかぁ?この我が儘王子が!」 胸倉を掴まれたまま、勢い任せに壁へ押し付けられ 鮫の名に相応しい荒々しい口付けの嵐、嵐 銀色の輝きだけが晦冥の中で薄ぼんやりと捉える事が出来る この色を失う事だけは何としても避けたいと思う反面 過去に囚われた精神は抜け出せず例年の様に難易度の高い任務を望み 全てを承知の上で、死線ギリギリを選んでくれるボスに甘えていた 「…存在の証明」 「あ゛ぁ?」 「オレの存在を証明するもの。それはこの血だけ、だと…そう思ってた。 目に見えないからこそ、証となるんだって。 そう、言い聞かせてた…ずっと」 身体に流れる血に固執し続けて来た ザンザスに流れる血統に惹かれ付き従った結果 あの戦いで血筋に否定され、拒絶されたボスを見て 己に流れる血を証明するものが実は何ひとつないのだと 頭の隅に、精神の奥に潜む兄の幻影に怯えた 自分が信じるものが…足元から崩れた気がした 挙句に視力を失い、唯一手放したくないと思える『色』も見れなくなる その恐怖はスクアーロの腕に留まれば留まる程に溢れて来る 「お前は今、ここに居るだろぉが。オレの腕ん中にな」 「……」 「証明なんざ必要ねぇんだ。後世に名を残す必要もねぇ。 てめぇはオレの傍に居ればそれでいいんだ」 鮫は傲慢で、当たり前だと言わんばかりの顔してオレを抱き締める その腕から逃げられないオレは、きっとコイツに依存してるんだ この腕を失うことだけが何よりも怖く この銀色が見られなくなるのが何よりも…切なく、淋しい こんな言葉ひとつに頷いて安堵してしまえるオレは きっと、既に王族と言う神格化された人間じゃない 王子でも何でもない、ただのヒトなんだろうと思う |
2008.04.15