カミサマ

これが最後だから、これ以上は望まないから

抱き締める腰の細さ 冷たい身体 真っ白な肌
あんなに鍛えられていた身体が嘘の様に細くなって
少し高い体温を気にしていたのに、今はこんなに冷たい
毎日毎日、太陽に照らされて赤くなるだけの肌が、更に白い

前と違う
同じ身体なのに
同じ人なのに…そう感じられずにはいられない

だって、だって…

これが最後 最期の瞬間、別れは唐突で
運命の神サマは残酷で皮肉なんだ
思いが伝わったと思ったらこれだもんな
非情としか思えないよ

だから…神サマは嫌いなんだ
おれが欲しいもの全部 攫って行く

おれが欲しいかったもの
憧れてたもの 全部、全部…攫って行くんだ

最初から才能を持っていた人
努力でそれを育て、完璧を求めて、周囲に認められた人

おれの面倒を、眉間に皺を寄せながらも見てくれたよね
誰にも聞こえない声で、口だけで「バァーカ」って
微笑みと一緒に言ってたよね

その瞬間の顔が、ダイスキ

幼馴染み
何年も一緒に居たはずなのに
おれには曖昧な記憶しかなくて
それで怒らせたこともあったよね
覚えてないおれを烈火の如く怒ったあとべの顔
今でも笑っちゃうくらい、憶えてるよ

そんなことだけ憶えてて、他を忘れたおれを
仕方ない奴って言ったけど
それくらい印象的だったんだってば

だって、あとべは滅多に感情を見せないから

怒っても綺麗な人
どんな仕草をしても絵になる
そう、誰かが言ってたよね
それが聞こえたのか、怒声がコートに響いて
みんなビックリして言われる前にグランドを走ったっけ

けど、おれはそうは思わなかったんだよ
だって誰もあとべの他の顔…知らないでしょ?

優等生の顔 部長の顔 生徒会長の顔

どれもこれもあとべにとっては普通の顔
感情がせ表に出ない、素じゃない表情

泣いた顔は?
憂いに満ちた顔は?
悲しげな顔は?

なにより、笑顔は?

あとべの笑顔 見たことある?
口端に浮かべた、皮肉ぽぃ笑顔じゃなくて
みんなで水遊びをしてたのを馬鹿にした様な笑いじゃなくて

心の底から 楽しそうに笑った、顔
み た こ と あ る ?

試合の最中
詰まらない顔をしてたよね
手を抜いてる訳じゃないけど、詰まらない顔してる時があった

そんなあとべの顔
おれ 嫌いだよ

だから強くなろうと思った
あとべが笑うのはテニスの時だけ
それも最高に面白い試合をした後にこっそり見せる
満面とは言い難いけど、楽しそうな、嬉しそうな顔

それが見たいから
おれは強くなりたい、そう 望んだ

望んで望んで
それを神サマが受け入れたから強くなったんじゃない
おれが努力したから強くなれたんだ

なのに…神サマは非情だ

あとべがいなくちゃ
何もかも、意味を成さないじゃないか

この手で抱き締めても
(細っこい身体)

身体に触れても
(…冷たい、凄く)

口付けても
(反応がない…怒らない)

神サマは
あとべを連れて行っちゃった
誰よりも神サマに愛された人だから
神サマに連れて逝かれてしまった

誰かが言ってた

神サマに愛されたから…だから?
だから早くに逝っちゃうの?

テニスの神サマに
美貌の神サマに
それとも、天才の神サマ?

どんな神サマでも、あとべを連れて行くなんて
…酷いじゃん

おれが欲しかったもの
もう、手に…入らない

あとべがいいよ、って
そう言ったんだ 触れてもいいって

恐る恐る触れようとしたら怒られた
思い切りバシッって勢いよく触ったら
また怒られた

そうしたら…あとべの方から触ってくたれ
優しく、細くなった手で おれの頬に触れてくれた

冷たい…
あとべは子供みたいな高体温を気にしてた
それが…こんなにも冷たい

その冷たい手で、おれの頬が温かいからって
撫でるんだ…手の甲で

気持ちよくて、睡魔が襲って来た
あとべの腰に抱きついて、一緒のベッドで昼寝した


(そう言えばあとべ、怒らなかったな)


腰も細くなってて、今にも折れそうだった
あのあとべの身体が嘘みたいに…細い
それが怖くて怖くて…逃げるようにあとべを抱いて
夢の中に逃げ込んだんだ

そして目を開けたら…これ?
神サマなんて 非情で 無情だ

信じてた訳じゃないから、文句言えない
だけど…だけど…
文句くらいは言わせて欲しい
身勝手な人間からの、叫びの文句を

神サマの馬鹿!

おれの大切なひと 返してよ…か え し て

じゃないとおれ、これから

どうしたらいいのか

わからないよ…


「あとべ…ねぇ、あとべ。おきてよ」


おれの声が虚しく 広い部屋に響いた

神サマなんて信じない
信じたくないのに

祈るのは

最後に祈るの神サマなんだよね
神サマは 何も力を貸してくれないのに
縋る相手は、神サマしかいないんだ






2004.02.01