夢のソラ


思っていたこと
それは此処が現実のソラだったらいーのに
そしたらおれはこんなにも伸び伸びと羽を伸ばして…

目覚めない夢の中にずっと居たいんだよ

だから起さないで、おれを呼ばないで
だっておれを呼ぶ声はホントにおれを求めてる人の声じゃない
そんな声で呼ばれたって、おれは起きたくないよ
余計に…そう
余計に起きたくなくなっちゃう

だっから、おれは此処のソラが好きなんだ
此処のソラは綺麗でいつでも手を伸ばせば届くんだ
こんなに澄んだソラは外の世界には無いっし

揺さぶられてる…
身体に起きろって誰かが呼び掛けてる
でもおれはその人の声が嫌いだ
なんでおれを呼ぶの?
誰かに言われたからだよね
意思じゃないのに
だったらおれを呼ばないで
起さないで
おれは此処に居られて幸せなんだから

此処では何でも望めは手に入るんだよ

澄んだソラ
ふわふわと浮かぶ綿菓子みたいな雲
全面に広がる芝生にテニスコート
そこに転がる黄色いテニスボール

おれが好きな中庭に屋上
誰も居なくて
誰にも邪魔されない

それなのに何で起すんだよ
揺さぶらないで
おれの名前を呼ばないで
響かない音色でおれの邪魔をしないで
呼ばれる名前と揺さぶりは消えなくて
だからおれは仕方なくゆっくりと瞳を開けた


「…誰」


唇が自然と尖ったのがわかった
開いた目の先に見えたのが
やっぱりって言うか
予想通りって言うか、そんなだったから
おれの顔は不機嫌だったのかも知れない


「ぁ…芥川君」
「邪魔…しないで」


そう言っておれはまた瞳を閉じた
このまま寝かせて
別に日が暮れてもいいっし
雨が降ってもいいし
日差しが強くなって干からびてもいいっし

だから邪魔しないで

そんなことを思ってたら頭を強く叩かれた


「…痛い…」
「そらそうや。叩いたんやし」
「…誰」


おれはさっきと同じ言葉を繰り返した
どうせまた同じ
おれを必要としない人
おれが必要としない人
でも何でだろ…


「起きろや」
「…イヤ」
「なして?」
「メンドクサイ…眠いっし」
「どうせ寝るんやったらココやなくてもええやろ」
「……」
「ほら。しゃっきとしぃ。行くで」
「何処に?」
「保健室」
「……?」
「どうせやったらベッドで寝た方が寝心地ええし」
「…だね」
「そうやろ?せやから保健室で寝よか」

「忍足君?」

「あぁ。コイツの事は俺に任せて、自分はもうええから」
「ぇ…でも」
「ええよ。センセには俺から上手く言うとく」
「本当?何だかゴメンね?」
「ええから。はよ行き。授業始まるで」
「うん。本当、ありがとうね」


おれの頭上でしゃべる女の子と男の子の声
そっか、忍足クンって言うんだ

何でだろ…
この人の声
おれ好きかも…
他の人らと響きが違うっから?
ぁ…そっか、言葉使いが違うんだ

そんなことを考えてたらまた眠くなった
だから目を閉じたら身体がふわって浮いた


「ほなら行くで芥川、クン?やったか」


おれの返事も待たずに「忍足クン」とやらはおれをおんぶしたみたい
したらその背中がまた気持ち良かった
だからおれは思わず
ぎゅって首筋に抱きついた
そうしたら「忍足クン」の変な声が聞こえたけど無視
そのまま抱き着いて夢の世界に戻った

ぁ…
そっか
ソラが他人がおれを拒絶するんじゃなくて
おれがソラと他人を拒絶してるんだ

夢の世界に戻ったおれは
此処のソラを見上げて唐突に思った
それを声に出して言う勇気が無かったから
おれの声は「ぁ…」で止まってた
けど心の中ではちゃんと呟いてた

ピアノだ…
このソラには音楽なんてモノは存在してなかったのに
此処にあったのはおれとおれが大好きなものたちだけ
だから音楽は無かった
音楽はおれの心を満たして
おれの心を揺さぶるから
音楽があるとおれの心は心地よくて
此処のソラよりも心地よい時もあるから
此処に居ることよりも音楽に身を委ねてしまいたくなる

だから此処のソラには音楽がなかった
なのに今
此処に音楽が…
ピアノの音が流れてる
ソラに音符が踊ってる

流れるメロディーはおれが好きな曲で
音符もきっとそのメロディーに合わせてソラで踊ってる
たぶん
おれは楽譜なんて読めないからわっかんないけど
でもきっとそうだと思う

その音符たちはホント楽しそうに踊ってた
揺れて
踊って
この曲の名前が思い出せなくて
でもおれが好きな曲だってことは確かだった

その曲のタイトルが頭にポンッと飛んできて
今まで此処のソラになかったはずのものがもう1つ生まれた


「ボレロだ…」


おれの声が此処のソラに響いた
今までなかったものが2つ
なんでだ…

音楽に
おれの声に

此処に存在してなかった『音』が2つ
それが凄く気になったから
おれは瞳をまた開いた
そしたらソコには綺麗な顔が在った


「………?」


疑問符
俗に言う「ハテナマーク」がおれの頭にいくつも浮かんだ
???
3つ並んだところで
おれは考えるのを止めてその綺麗な顔に触れた

勿論その顔は温かかった
それだけで何だかどうでもよくなったから
おれは目の前に広がる綺麗な顔を眺めながら
目の前の身体に抱き着いて瞳を閉じた

その時の眠りの中で
おれは夢を見ることは無かった

それが本当の睡眠だと
気付いた?
と言うには少し可笑しいかも知れないけど
そう思った


「おやすみさん」


夢じゃないけど
夢の中で
そんな声を聞いたような気がしたから
ぎゅ、って…
腕に力を入れたんだ




おれの独り言
だから気にする必要もないよ
意味が解らないと思われても
コレがおれの世界のひとつだからさ
じゃ
また
2003.06.25