粉雪の様な

おれはズルイんだよ。
侑ちゃんはそんなこと、微塵も思わないよね。
でもね、本当は凄くズルイんだよ?

今だってそーだし。
侑ちゃんが疲れてるの知ってて、不安定なの知ってて…。
知ってるからこうして、侑ちゃんの傍に居る。

甘えてっし、慰めてんだよ。

だって言うでしょ?
愛に疲れた心し移ろい易い、ってさ。
怖いから、愛されるとゆらゆらしちゃうんだよね。
それわかっててやってんの、おれ。

だっからさ。

侑ちゃんは安心しておれに寄り掛かってね。
ほら、おれずずっこしてんだから罪悪感?
それに捕らわれることないっし。

優しさを素直に求められない侑ちゃん。
それが大人なんだ、って…誰かが言ってた。
だから侑ちゃんはおれたちの誰より大人だって。
でもさ、それが大人になっるってことなの?

おれたちまだ子供だっけどさ。
上手な甘え方なんか知らないよ。
そもそも優しさって何さ。
知らないでいることが許される年だけどさ。
大人になったら…知らないじゃ、許されないよね?

でも今はこれでいい。

『知らない』が許されるなら…。
侑ちゃんは『知らない』んだから…いいんだよ。

「侑ちゃん」は「おれ」を『知らない』
ううん、知らなくていいっかさら。

だから、ね。
友達じゃなくて、友達の壁なくしてね
壁なくして沢山ぎゅ、ってする。
傍にも居るよ。

今の侑ちゃんは弱いっ子さんだっから。
傍におれは居るよ、温めてあげる。
これからは雪の季節だし、寒いからさ。
二人の方が温かくていいっしょ?

それにおれ、侑ちゃんの黒髪に
真っ黒な黒髪に真っ白な雪が降るの、見てみたい。

絶対に綺麗だと思うし。

今は傍に居ようよ。
その方が温かいよ。
一緒に居たらおれがぎゅーってすんね。
そしたら、侑ちゃんもおれをぎゅ、ってしてね?

離したくなくなっかも…。
したら離さなくてもいいっかな?




あいつが、ジロが自分のことズルイ言うねん
そんなん俺かて同じやのに
甘えたらあかん

こない弱い心であいつに接したらあかんねん

ちっさな頃はええねん
甘えたりするんは当然やと思う
けどな、段々と素直に甘えられへ様になった

甘えられへんくせに
温もりを無意識に求めてしまう
その度に俺は汚れてく

大人になった

ゆらゆら、気持ちは揺れて
同じゆらゆらでも
ジロの腕ん中はゆりかごみたいや

ぎゅ、って抱き締められると落ち着く



粉雪が舞い降る夜。


『侑ちゃん、窓の外見てー』

「まだ起きとったんか、自分」

『いいからいいから、窓だよ窓!』


夜中に鳴り響いた携帯電話。
相手は画面を見ずとも誰か分かっていた。
専用の着信音によって。

ベッドから抜け出すとヒンヤリとした空気が肌に刺さる。
身震いしながら電話片手に寝巻きのまま窓へ近づく。


『「侑ちゃーん」』


デジタルとリアルの狭間に響くジロの声。


「夜中なんやからそない大声出したらあかんよ」

「えー。だって雪だよ、雪!」


予感は的中で、カーテンを開ければジロの姿。
脱力し、通話ボタンを押し携帯を仕舞う。
電話で話していた相手は目の前に居るのだ。


「侑ちゃん〜」


相手は未だに携帯を耳に宛がい、こちらを笑顔で見つめている。
雪みたいに白いコートに黒のマフラー。
そしてふわふわの金髪。


「侑ちゃん、侑ちゃん。雪だよ」

「雪は見れば分かる。俺が分からんのは何でお前が此処に居るかや」

「だって折角の初雪だし。侑ちゃんと見たかったんだ、おれ」

「手袋もせんと…全く」


携帯を握るジロの手が、微かに震えている様に見えた。
見てるこっちが寒々しくて敵わない。
溜息と呟きを残し、窓を閉めコートを羽織る。
キッチンに寄り道してから玄関を開ければ金色のつむじが見えた。


「侑ちゃん?」


窓辺から消えた愛しい人。
ただ一緒に居たかった。
それだけ…それだけだったのに…。
彼は自分の行動に呆れたんだろうか?
愚かだと、馬鹿らしいと思ったのだろうか?

しょげた顔をして、玄関に蹲って暫くした頃
突如、ドアは開かれ温かい何かに包まれた。


「手袋くらいしろや」

「…侑ちゃん」

「何をそない顔しとるん。ほら」


彼が差し出した物体からは湯気が出ている。
茶色の物体からは甘い匂いがした。


「ありがとう、侑ちゃん」


ぎゅ、っと相手を抱き締めて
それでも受け取ったホットチョコレートは離さなかった。


「……ちょい早い、バレンタインや」


呟いた忍足の声が聞こえたのか聞こえなかったのか。
ジロはホットチョコレートを一口飲むと
甘いその風味を分けるように、忍足に口付けた。

今年最初の雪が舞った夜。
二人は今年初めてのキスを交わした。





2003.01.14
2007.08.12