本当に欲しいものは昔から手に入らないんだ。 近藤さんの一番の信頼は土方さんで 僕がその立場になれることは無い。 土方さんを斬って、その立場を奪おうだとか そんな考えも昔は頭を過ったりもしたけど あの人を斬ったら僕は絶対に後悔する。 近藤さんの隣に立つあの人を近藤さんと同じ時間見続けているうち どうやら僕は、あの人を好きになってしまったらしい。 時折り…あの人を斬ってしまおうか。 昔みたいに思う時もある。 それは近藤さんの一番が欲しいからじゃなくて 土方さんが僕のものにならないからだ。 僕の手は、僕の手からは… 欲しいもの全てが零れ落ちてしまうらしい。 手に入らないのならば、いっそ……そう思う時もある。 どうしようもなく苦しいと胸が我慢出来ずにそう叫ぶ。 だけど、そんな事をすれば全てを失うのは目に見て明らかで。 痛む胸を誤魔化しながら笑うしかないんだ。 どうして欲しいものは手に入らないんだろう。 僕の目の前まで来て、背を向けてしまう。 そう言う運命だとしら運命を呪うしかないんだろうなあ。 土方さんが好き。 だけど土方さんは斎藤君が好きで、斎藤君も土方さんが好き。 相思相愛の邪魔をするのは僕の方で、身を引くしかない。 そう思う頭と心は別ものだから、土方さんを見れば近付きたいと思うし 伸びた背筋で踊る黒髪に触れたいとも思う。 今もその衝動と戦ってるのにな。 土方さんは僕の視線に気付いてるのに気付かない振りをするんだ。 「全く、狡い人だよね」 「誰が狡いって?」 額の汗を拭いながら左之さんは僕の隣に腰掛ける。 視線を土方さんから外さないまま、左之さんの肩に頭を預ける。 「おいおい、総司…」 「土方さんですよ。全く狡いと思いません? 僕には隊士と稽古したら駄目だ言うのに、見学はしてろだって」 「今のあいつらにお前の相手は無理だろうぜ。 土方さんも総司も、機嫌が悪いのはいいが…他に当たってくれるなや」 「僕は機嫌悪くなんてないですよ。 土方さんだって……機嫌、悪いですか?」 「どう見たって悪いだろ」 「……斎藤君が居ないからかな」 「はあ?」 左之さんが余りにも間抜けな声を出すものだから 思わず隣を伺えば、呆れた顔をして僕の後頭部を撫でる。 「本気で言ってんのか?」 「本気も何も…そうじゃないの」 「あのなあ、総司。どう見たって今の土方さんは……」 左之さんの言葉を遮ったのは土方さんの怒鳴り声だった。 「さぼってんじゃねぇぞ!」 「僕は見学の身ですから。さぼってる訳じゃないですよ」 「俺だって休憩中だぜ」 チッ、と舌打ちをする土方さん。 荒い足音をたてながら此方へ来ると僕の腕を引っ張り 無理に立ち上がらせ、力を緩めることなく道場の外へ引き摺る。 体格は僕の方が良いのに腕を引っ張る力が強くて足が縺れる。 縺れた足が足に引っ掛かり、前を歩く土方さんの背に顔をぶつける。 鼻が潰れて地味に痛いや。 漸く歩を止めた土方さんだったけど、相変わらず腕を掴む力は強い。 手首は赤くなってるのは間違いないだろう。 「何を怒ってるんですか。どうして不機嫌なのか知りませんけど 僕に八つ当たりしないで下さいよ」 掴まれていない手で鼻を撫でる。 土方さんを見ないように。 すると突然、腕を引っ張られた。 体勢を崩した僕は土方さんの胸に倒れ込む形になって慌てる。 身を引こうとした身体を強引に包む腕の力強さ。 ……土方さんに、抱き締められてる? 理由が分からず混乱する頭。 天の邪鬼な僕の唇が紡ぐ言葉は心と正反対。 「誰の代わりか知りませんけど 意中の人に見られたら誤解されますよ」 「馬鹿野郎が。見られて困る奴なんざいねぇよ」 「一般隊士に見られたら困るんじゃありません? 鬼の副長が衆道だなんて思われたら困る。近藤さんが」 抱き締められて嬉しい筈なのに。 斎藤君の代わりなのか、兄が弟に接するそれなのか。 理由が分からぬまま僕は土方さんの腕の中で大人しくする。 言葉を発しない土方さん。 何を考えてるのか全く読めなくて困る。 抱き締めてくれる腕が逞しいだとか 稽古で流した汗に混じる微かな香の匂いだとか 土方さんを直に感じてしまうのが幸せだけど辛い。 この腕も香りも、僕のじゃない。 僕だけのもので居て欲しいのに。 気付けば……土方さんの背に腕を廻してた。 縋る様に着物を掴む僕の手を宥める様に 抱き締める力が強くなる。 「……総司」 「……なんです?」 「斎藤が……居なくて寂しいのか?」 「……は?」 予想だにしない言葉に眉を顰める。 斎藤君が居ないから僕が寂しがるなんてことある訳が無い。 寧ろ斎藤君が居なくて寂しいのは土方さんじゃないの? 「お前が斎藤を好きなのは分かってんだ。 けどな、総司。それでも俺は……」 「ちょ…!土方さん待って!」 僕は慌てて身体を離し土方さんを見上げる。 隙間が出来た身体を嫌がる様に再び抱き締められるけど それが酷く嬉しくもあったけど、今はそれよりも大事なことがある。 「土方さん!」 「……なんだよ」 「勘違いしてる。僕が好きなのは斎藤君じゃないですよ」 「嘯く必要はねぇよ。わかってんだ」 「ちゃんと聞いて! 僕が好きなのは……土方さんだから」 告げるつもりの無かった言葉が口から出た。 その瞬間、土方さんが僕の身体を剥がし 心なしか赤い顔をして顔を凝視してきた。 「……嘘じゃ、ねぇだろうな?」 「こんな時に嘘ついてどうするんですか。 と言うか、何で僕が斎藤君を好きだとか思ってたんです? それの方が不思議だし、不本意なんですけど」 不貞腐れた僕の頬に手が添えられる。 あ、口付けられる? そう思った時には既に唇が重なっていた。 手に入らないと思ってた。 ずっとずっと、好きだった人。 土方さんの温もりが唇を包んだその日 僕らは晴れて恋仲になった。 |
2010.06.10 |